あまりにも違和感ありすぎの報道と、国会中継で、もやもやしまくりの日々です。
「加計学園」って名前、きっとここで初めて耳にされた方が多いんだろうなとは思います。
でも、倉敷で「加計」の知名度は、かなり高いんじゃないかしら。
そして、フィギュアファン、大ちゃんファンなら、サンピア倉敷のスケートリンク閉鎖で、大ちゃんたちがリンクの存続を訴えていたことを、覚えていらっしゃる方もおいでではないかと思います。
あの時、倉敷市の、そして選手たちの願いに応えて、ヘルスピア倉敷として施設の運営を引き受けたのが倉敷芸術科学大学、つまり加計学園でした。
それから、海水魚と淡水魚が一緒に泳ぐ水槽っていう話題を覚えていらっしゃる方もおいでかもしれませんね。あの好適環境水の研究をしていたのが、今回やり玉に挙がっている岡山理科大学、つまり加計学園です。
倉敷美観地区にいらっしゃった時に、加計美術館をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。
地元民の(と言うよりも私の、と言った方がいいのかもしれませんが)、「加計」に抱く印象は上がっています。
昔々はね、いわゆる滑り止め用の学校、おバカの行くところ、なんて評価もなかったわけではありませんが、そんな昭和の頃の印象と今の印象は、こんなに違ったものになりました。
そこに私は、安倍総理と長く続くお友達だと聞く加計さんの、理想や信念を感じますし、広報活動や情報操作より学生や研究を追及されている姿勢にも、加計さんの理想を垣間見る思いがします。
優秀な集団が、抜きん出て優秀な者に対して、自分たちと同じようにしろと働きかけ、思い通りにならないと知ると叩き潰そうとする。それもあることないことならぬ、ないことないことの羅列で、マスコミも総出で叩く。
フィギュアで散々見せられたパターンと、全く同じやり方に見えて仕方ないんですが、気のせいでしょうか。
本当に友達だったら聞いていないはずがないとわめく、国会議員やテレビに出ているお偉い方々は、利益が得られない人は相手にしないと白状なさっているようなものだと思うんですが、みなさん、いかが思われますか。
2017年7月27日木曜日
2017年4月11日火曜日
ちょっとだけ毒を吐きます
すっかり視聴しなくなってしまっているテレビを、久しぶりに長時間付けたままにした日です。
しかし、「浅田真央 引退」を報じるテレビが、どれもこれも白々しくて、イライラしてきます。
今さら「永遠のライバル キム・ヨナ」も無いもんだと言いたい!
「永遠」だってさ。そう言って欲しければ、それにふさわしい振る舞いをしやがれ!と彼女に言いたいぐらいなのに。
ジャンプの真央、表現力のヨナなんて嘘を、まだ言うのか、いい加減にしろと言いたい!
あれだこれだと言いがかり難癖を付けられて、減点されまくったから、高難度のジャンプを決めて点数を重ねるしか方法を無くなったんでしょ。それをまるで、表現力が劣るかように宣伝しまくったマスコミの汚さを、絶対に忘れないっ!
バンクーバーで涙の銀!?
あの前から、どんどん採点がおかしくなってたのを、知らん顔どころか正当なようにアリバイ作りに勤しんでた輩が、足を引っ張った挙句に「涙」をおいしく使い倒したんでしょ。
ソチのSPの失敗!?
直前の調整を日本でさせず、タラソワさんが手配してくれたロシアのリンクも使わせず、砂混じりの氷で、その上寒いリンクで、体調とブレードをガタガタにしたスケ連のやり方を、知ってて黙ってるんだから、マスコミも陰謀の一翼を担ったんだよね。
あれだけのことが、あれだけ執拗に繰り返されてて、異論は全て黙殺されてたなんて、異様すぎたし、それは今でも続いています。何も変わってはいない!
フジテレビの安藤優子アナが、応援してたかのように褒め称える、繰り返すその言葉に、腹が立ってむかむかしてきます。
私は忘れたりしていないし、他の方々もきっと覚えていらっしゃることでしょう。
いわゆる「真央下げ、ヨナ上げ」の数々、そして何より「転倒パネル」!
その時々の都合次第で、恥ずかしげもなくためらいもなく、主張や意見、感想がコロコロ変わる人たちを、軽蔑することはあっても信じることはありません。
今夜も明日も、真央特番が組まれて、過去映像がたくさん放送されるでしょう。それにどうコメントを絡めるのでしょうね。わざとらしい安っぽい演出なんかしなくても、淡々と事実だけを紹介するだけで感動してしまうのが「浅田真央選手」なのに。
ほかにもいろいろ考えてしまうことはありますが、「ちょっとだけ」じゃなくなっちゃうので、このあたりで・・・・・・
夜中に見てしまって、目が冴えてしまいました。
以下、浅田真央さんのブログより
以下、浅田真央さんのブログより
2017年4月10日(月)
ご報告致します。
突然ですが、私、浅田真央は、フィギュアスケート選手として終える決断を致しました。
今まで、長くスケートが出来たのも、たくさんの事を乗り越えてこれたのも、多くの方からの支えや応援があったからだと思います。
ソチオリンピックシーズンの世界選手権は最高の演技と結果で終える事ができました。その時に選手生活を終えていたら、今も選手として復帰することを望んでいたかもしれません。実際に選手としてやってみなければ分からない事もたくさんありました。
復帰してからは、自分が望む演技や結果を出す事が出来ず、悩む事が多くなりました。
そして、去年の全日本選手権を終えた後、それまでの自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。
これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。
皆様、今までたくさんの応援、本当にありがとうございました。
浅田真央
浅田真央さんのブログからの引用でした。
心の区切りがついたんだなと、感じました。
「頑固」と言われるほど意志の強い彼女ですから、とことんまで努力を重ねてしまうことで、その才能と人生を浪費してしまうのではと、それだけがずっと心配でした。
私がFPUに参加したのも、良いものが良いと評価される、あたりまえの競技になれば、「浅田真央」という選手の努力が報われる、後に続く選手も真っ当に評価されるようになると、一縷の望みを抱いたからでした。
演技と点数の乖離。
見当外れな方向に誘導して煽る報道。
競技者以外のためにあるとしか思えない連盟や協会。
全てに腹が立って仕方なかったのです。
でも、分かっていたこととはいえ、本当に何もできませんでした。
応援して、見守って、祈ることだけしか。
真央ちゃん、ごめんなさい。
一人で戦わせてしまって。
今もテレビでは、「真央、引退!」と騒いで、過去の映像を特集し、惜しむコメントを流し、どうでもいい話を次々としています。
こんなにすごかった、こんなに頑張った、でも、金メダルは取れなかったと、ドラマチックに騒いでいるのを見ていると、腹が立って仕方ないし、沸々と怒りが湧き上がってくるのを感じてしまうのです。
今、私が願うのは、ただ真央さんの幸せだけです。
ありがとう。
ごめんなさい。
これからも、ずっと応援しています。
それだけです。
2016年12月22日木曜日
全日本選手権が始まります!
「全日本」が始まります。
真央さんの膝の具合はどうでしょうか。
「全日本お留守番日記 カメラが彼女に恋をした」とのタイトルで、スポニチアネックスさんの記事が配信されていました。
12/21(水) 9:00配信
【長久保豊の撮ってもいい?話】カメラも恋をする、と言ったら驚くだろうか。冷徹な機械、ICてんこ盛りでいまや家電製品のようになってしまったカメラに感情の入る余地などあるはずがない。だがボクの愛機はスケートをする彼女にいちずな思いを抱いている。明るく照らされた本番の衣装は当然のように、暗い室内、コントラストのない地味な練習着の彼女にさえも、その姿を追いピントを合わせ続ける。他の選手とは合焦率(ピントの合う確率)が違う。カメラのやる気が違うのだ。だがキヤノンであれニコンであれ彼の恋敵は多いようだ。「実はオレのカメラも」という同業者は数知れず。
「真央ちゃんはピント合うんだよなあ」
そう、片思いのお相手は浅田真央選手である。
恋の動機は単純なもの。彼らのAF(オートフォーカス=自動焦点)機構は被写体の上下左右の細かなブレを嫌う。体軸のしっかりした滑らかなスケーティング。浅田選手やイタリアのカロリーナ・コストナー選手こそが彼らの好みなのだ。
15歳、ピアノの鍵盤の上を弾むように跳び、GPファイナルを制した真央ちゃん。
今は五線譜の上を滑らかに、時として激しく、隠れた音さえも表現していく浅田選手。スポーツと芸術性の両立がフィギュアスケートの原点、その比重が時の流れとともに変わっていくのは自然なことだ。
GPシリーズ・フランス大会以来、彼女についてさまざまな臆測の類いが飛んだ。だがカメラという機械はそのスケーティング技術がいまだに世界トップであるという事実を語る。
全日本選手権はボクとボクの愛機は東京でお留守番。同業のライバルたちは今季の印象的なアイラインメークを強調した写真、ステップの振り返りをアップで狙う(こう書くとライバルたちも狙いづらいはず。これも老かいなテクニックの一つ)であろう。カメラに愛される浅田選手だからできる撮り方だ。演技後の彼女には笑ってほしいが、写真は再来年まで待ってほしいというのが、留守番カメラマンとわが愛機の本音だ。
2012年、フランス・ニースでの世界選手権を取材した。そこには練習、本番を通じて連続56回、トリプルアクセルを失敗する浅田選手の姿があった。だがボクの愛機が心を奪われ、いちずな思いを寄せるようになったきっかけはそれではない。抜けてしまったジャンプや氷に叩きつけられるような激しい転倒にも心折れずに56回、立ち直った姿だ。
だから彼女は大丈夫、きっと大丈夫、絶対大丈夫。何度でも何度でも立ち上がると愛機が言う。
ボクもそう思う。(編集委員)
◆長久保 豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれ。缶チューハイ2杯でニースの世界選手権を2時間語れるが、3杯目で話がくどくなり、4杯目で酩酊する54歳。
読んでいてうれしくなってきます。
「浅田真央」の素晴らしさを、感じているままに語ってくれてますね。
そして、私はいつの間にか、アラを探して貶める、そんな記事ばかりを見慣れてしまっているのかもしれません。あまりに長い間、身構えて接する情報ばかりにさらされて、体も心も強張ってしまいましたから。
今夜からの全日本選手権は、まっすぐに受け止められる大会であって欲しいです。
どうか、真央さんが、昌磨さんが、もちろんほかの選手たちも、のびのびと自分の演技ができますようにと、そればかりを願っています。
真央さんの膝の具合はどうでしょうか。
「全日本お留守番日記 カメラが彼女に恋をした」とのタイトルで、スポニチアネックスさんの記事が配信されていました。
12/21(水) 9:00配信
【長久保豊の撮ってもいい?話】カメラも恋をする、と言ったら驚くだろうか。冷徹な機械、ICてんこ盛りでいまや家電製品のようになってしまったカメラに感情の入る余地などあるはずがない。だがボクの愛機はスケートをする彼女にいちずな思いを抱いている。明るく照らされた本番の衣装は当然のように、暗い室内、コントラストのない地味な練習着の彼女にさえも、その姿を追いピントを合わせ続ける。他の選手とは合焦率(ピントの合う確率)が違う。カメラのやる気が違うのだ。だがキヤノンであれニコンであれ彼の恋敵は多いようだ。「実はオレのカメラも」という同業者は数知れず。
「真央ちゃんはピント合うんだよなあ」
そう、片思いのお相手は浅田真央選手である。
恋の動機は単純なもの。彼らのAF(オートフォーカス=自動焦点)機構は被写体の上下左右の細かなブレを嫌う。体軸のしっかりした滑らかなスケーティング。浅田選手やイタリアのカロリーナ・コストナー選手こそが彼らの好みなのだ。
15歳、ピアノの鍵盤の上を弾むように跳び、GPファイナルを制した真央ちゃん。
今は五線譜の上を滑らかに、時として激しく、隠れた音さえも表現していく浅田選手。スポーツと芸術性の両立がフィギュアスケートの原点、その比重が時の流れとともに変わっていくのは自然なことだ。
GPシリーズ・フランス大会以来、彼女についてさまざまな臆測の類いが飛んだ。だがカメラという機械はそのスケーティング技術がいまだに世界トップであるという事実を語る。
全日本選手権はボクとボクの愛機は東京でお留守番。同業のライバルたちは今季の印象的なアイラインメークを強調した写真、ステップの振り返りをアップで狙う(こう書くとライバルたちも狙いづらいはず。これも老かいなテクニックの一つ)であろう。カメラに愛される浅田選手だからできる撮り方だ。演技後の彼女には笑ってほしいが、写真は再来年まで待ってほしいというのが、留守番カメラマンとわが愛機の本音だ。
2012年、フランス・ニースでの世界選手権を取材した。そこには練習、本番を通じて連続56回、トリプルアクセルを失敗する浅田選手の姿があった。だがボクの愛機が心を奪われ、いちずな思いを寄せるようになったきっかけはそれではない。抜けてしまったジャンプや氷に叩きつけられるような激しい転倒にも心折れずに56回、立ち直った姿だ。
だから彼女は大丈夫、きっと大丈夫、絶対大丈夫。何度でも何度でも立ち上がると愛機が言う。
ボクもそう思う。(編集委員)
◆長久保 豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれ。缶チューハイ2杯でニースの世界選手権を2時間語れるが、3杯目で話がくどくなり、4杯目で酩酊する54歳。
読んでいてうれしくなってきます。
「浅田真央」の素晴らしさを、感じているままに語ってくれてますね。
そして、私はいつの間にか、アラを探して貶める、そんな記事ばかりを見慣れてしまっているのかもしれません。あまりに長い間、身構えて接する情報ばかりにさらされて、体も心も強張ってしまいましたから。
今夜からの全日本選手権は、まっすぐに受け止められる大会であって欲しいです。
どうか、真央さんが、昌磨さんが、もちろんほかの選手たちも、のびのびと自分の演技ができますようにと、そればかりを願っています。
2016年12月12日月曜日
グランプリファイナルを終えて・・・・・・
いつも通りに、ネットニュースで結果を知って、
いつも通りに、放送を予約録画セットしつつ観て、
いつもどおり、いつも通り、・・・・・・のはずでしたが、
真央さん出てないし、大ちゃんは引退しちゃったし、で、例年通りの「熱気」は湧かない自分に気付いてしまいましたよ。
良くも悪くも淡々と観ると、余計に、マスコミのわざとらしい煽り文句に、まさに「ドン引き」でした。
誰かと比べてじゃなくて、誰かの点数と比べてじゃなくて、その瞬間の選手の演技の話なら、いつでも大歓迎なのにね。
「〇〇越え」だのって言葉は、比べられる選手にも、過去の演技にも、何より今回演技した選手自身にも失礼でしょうに。順位と点数しか理解できないのかしらねぇと、そう感じても当然ではないでしょうか。点数なんて、それこそジャッジのさじ加減一つで、盛ろうが削ろうが、どうとでもなることを忘れることもできませんから、誰が何時、あれこれと突然下げられ始めるか、分かったもんじゃないないとしか思えません。心配する気持ちが先に立っちゃって、「宇野選手がどんどん良い顔つきになってきたな、ワクワク」なんて喜んでばかりでもいられないんだもの。
全日本選手権は楽しんで観られるといいな。
浅田選手も宇野選手も、他のみんなも、どうかいい演技ができますように。
そして、本来当たり前の事のはずなのですが、
ジャッジと報道が公正に為されますようにと、心から願っています。
いつも通りに、放送を予約録画セットしつつ観て、
いつもどおり、いつも通り、・・・・・・のはずでしたが、
真央さん出てないし、大ちゃんは引退しちゃったし、で、例年通りの「熱気」は湧かない自分に気付いてしまいましたよ。
良くも悪くも淡々と観ると、余計に、マスコミのわざとらしい煽り文句に、まさに「ドン引き」でした。
誰かと比べてじゃなくて、誰かの点数と比べてじゃなくて、その瞬間の選手の演技の話なら、いつでも大歓迎なのにね。
「〇〇越え」だのって言葉は、比べられる選手にも、過去の演技にも、何より今回演技した選手自身にも失礼でしょうに。順位と点数しか理解できないのかしらねぇと、そう感じても当然ではないでしょうか。点数なんて、それこそジャッジのさじ加減一つで、盛ろうが削ろうが、どうとでもなることを忘れることもできませんから、誰が何時、あれこれと突然下げられ始めるか、分かったもんじゃないないとしか思えません。心配する気持ちが先に立っちゃって、「宇野選手がどんどん良い顔つきになってきたな、ワクワク」なんて喜んでばかりでもいられないんだもの。
全日本選手権は楽しんで観られるといいな。
浅田選手も宇野選手も、他のみんなも、どうかいい演技ができますように。
そして、本来当たり前の事のはずなのですが、
ジャッジと報道が公正に為されますようにと、心から願っています。
2016年11月25日金曜日
真央さんを想って・・・・・・
「膝が痛い」と聞いて、最初に思うのは、つらいだろうなという当たり前の気持ちですよね。
身体のどこかが痛いというのは、痛くない時の想像を超える不自由さと、それに伴うストレスとを抱えます。
膝はもう、何してても痛いし、動かさずには暮らせないし、本当につらいです。
痛くて力が入らないだろうし、負荷がかかったら激痛が走るだろうし、痛みが和らいでもまた痛くなるんじゃないかと思うと、何をするにも怖いし。
痛い時には痛さを避けようとしたり逃がそうとしたり、無意識にしてしまうから、変な癖になっちゃったりもします。
いくらでも自分の都合が優先できるおばちゃんでも、辛いやら情けないやらで挫けそうな毎日です。頑張って出来ていたことが出来ないのは勿論なんですが、意識せずに出来ていたことまで制限が付いてしまうのが、本当につらいですね。何気ない動作で走る痛みに、どんどん身体が縮こまってしまうんです。何をするにも「出来るかな?」、「この動きに注意して」、「この体勢にならないように」とまず考えてからになってしまいます。と言うよりも考えないと、一々激痛に呻く羽目になってしまうんです。普通に生活できている方たちを横目で「いいなぁ」と眺めながら。
普通のおばちゃんの私は、痛い辛いと横着に流れて暮らしてるのに、真央さんの心の強さは怖いくらいです。
おばちゃんは「できるものなら取り替えてあげたい」と思っても、膝もその他もおんぼろで役に立ちませんけど、もし出来るなら「痛さ」を引き受けてあげたいです。どうせ痛いのには慣れてます!痛けりゃぐうたらしていられます!痛さ無しに思いっきり滑ってもらえたら・・・と・・・・・・
そんな詮無いことも思ってしまってます。
真央さん、無理はしないでくださいね。
人生は長いんです。自分を大切にしてくださいね。
誰かのためじゃ無く、自分のために、フィギュアスケート人生を全うしてくださいね。
誰かを喜ばせるためよりもまず、自分が喜べる道を!
真央さんが幸せであることが、応援するファンの幸せです。
どうかそのことを覚えておいてくださいね。
身体のどこかが痛いというのは、痛くない時の想像を超える不自由さと、それに伴うストレスとを抱えます。
膝はもう、何してても痛いし、動かさずには暮らせないし、本当につらいです。
痛くて力が入らないだろうし、負荷がかかったら激痛が走るだろうし、痛みが和らいでもまた痛くなるんじゃないかと思うと、何をするにも怖いし。
痛い時には痛さを避けようとしたり逃がそうとしたり、無意識にしてしまうから、変な癖になっちゃったりもします。
いくらでも自分の都合が優先できるおばちゃんでも、辛いやら情けないやらで挫けそうな毎日です。頑張って出来ていたことが出来ないのは勿論なんですが、意識せずに出来ていたことまで制限が付いてしまうのが、本当につらいですね。何気ない動作で走る痛みに、どんどん身体が縮こまってしまうんです。何をするにも「出来るかな?」、「この動きに注意して」、「この体勢にならないように」とまず考えてからになってしまいます。と言うよりも考えないと、一々激痛に呻く羽目になってしまうんです。普通に生活できている方たちを横目で「いいなぁ」と眺めながら。
普通のおばちゃんの私は、痛い辛いと横着に流れて暮らしてるのに、真央さんの心の強さは怖いくらいです。
おばちゃんは「できるものなら取り替えてあげたい」と思っても、膝もその他もおんぼろで役に立ちませんけど、もし出来るなら「痛さ」を引き受けてあげたいです。どうせ痛いのには慣れてます!痛けりゃぐうたらしていられます!痛さ無しに思いっきり滑ってもらえたら・・・と・・・・・・
そんな詮無いことも思ってしまってます。
真央さん、無理はしないでくださいね。
人生は長いんです。自分を大切にしてくださいね。
誰かのためじゃ無く、自分のために、フィギュアスケート人生を全うしてくださいね。
誰かを喜ばせるためよりもまず、自分が喜べる道を!
真央さんが幸せであることが、応援するファンの幸せです。
どうかそのことを覚えておいてくださいね。
2016年11月17日木曜日
「好きこそ、無敵」かぁ・・・・・・
住友生命さんのページです。
http://www.sumitomolife.co.jp/asada/sukimuteki/
真央さんらしい言葉ですね。
「好きだから」
目先のことに一喜一憂して、やきもきしていた自分が恥ずかしくなってしまいます。
そうですよね。
「好きだから、今日もリンクに立つ。」
そんな真央さんのスケートが、演技が、好きだからこそ、私も応援せずにはいられないんだったわと、改めて思い出しましたよ。
美しい、真摯な眼差しですね、真央さん。
この目に恥じない自分でありたいと、思わせてくれます。
私も頑張ろうっと!
http://www.sumitomolife.co.jp/asada/sukimuteki/
真央さんらしい言葉ですね。
「好きだから」
目先のことに一喜一憂して、やきもきしていた自分が恥ずかしくなってしまいます。
そうですよね。
「好きだから、今日もリンクに立つ。」
そんな真央さんのスケートが、演技が、好きだからこそ、私も応援せずにはいられないんだったわと、改めて思い出しましたよ。
美しい、真摯な眼差しですね、真央さん。
この目に恥じない自分でありたいと、思わせてくれます。
私も頑張ろうっと!
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